1995年、株式会社アトラスによって開発された初代『プリント倶楽部』は、株式会社セガの強力なアミューズメント流通ネットワークに乗って全国へ展開された。初期の静かな立ち上がりから一転、人気アイドル番組の景品として起用されたことを契機に火がつくと、ブームは一気に社会現象の領域へと突入する。
当時、渋谷を中心としたストリートで独自のスタイルを築いていたコギャル文化と結びついたことで、その勢いは決定的なものとなった。女子高生たちは放課後になるとアミューズメント施設へ押し寄せ、何時間も行列を作った。「プリ帳」と呼ばれる専用アルバムに貼られたシールの枚数が友情の深さや交友関係の広さを示すステータスとなり、シール交換は若者たちの必須の儀礼となったのだ。街のゲームセンターは、不良たちの溜まり場から女子中高生が集う社交場へと劇的な変貌を遂げた。