多くのボクシングファンが抱き続ける「なぜ戦わなかったのか」という疑問に対し、ボクシング関係者や専門誌の記者が口を揃えて指摘するのは、キャリア全盛期の時間的ギャップと階級推移のズレです。
長男・亀田興毅がライトフライ級、フライ級、バンタム級の3階級を制覇し、リング上でのキャリアのピークを迎えていたのは2000年代後半から2010年代前半でした。これに対し、井上尚弥がプロデビューを果たしたのは2012年10月。井上尚弥が彗星のごとく現れ、世界最速ペースでタイトルを奪取していた時期、興毅はすでにキャリア晩年を迎え、2015年10月の河野公平戦を最後に現役引退を表明しています。つまり、井上尚弥と亀田興毅の対戦が物理的に成立し得た期間は極めて短く、井上がバンタム級に上げる頃には興毅の現役生活は幕を閉じていました。
一方で、ファンの現実的な期待を集めたのが、年齢が近く階級も重なっていた三男・亀田和毅との対戦でした。しかしここにも、亀田和毅と井上尚弥の階級比較におけるすれ違いが存在しました。井上がスーパーフライ級からバンタム級へ進出する過程において、和毅はメキシコを主戦場に独自のルートを開拓し、WBO世界バンタム級王者となった後はスーパーバンタム級やフェザー級へ進出。両者が同一階級で最強決定戦を争う機運が高まりかけた局面でも、所属プロモーションの契約関係やテレビ局の放映権の壁が立ちはだかりました。
井上尚弥と亀田三兄弟の対決がなかった理由の本質は、個人の思惑ではなく、日本ボクシング界が地上波主導から配信プラットフォームへと移行する過渡期において、興行のプラットフォームが完全に分断されていた点に集約されます。