新垣氏の告発において、世間に最も強い衝撃を与えたのが「佐村河内さんは最初から耳が聞こえていた」という証言でした。佐村河内氏は35歳の時に完全に聴力を失った「全聾の作曲家」として身体障害者手帳(2級)を所持し、メディア出演時も専属の手話通訳者を介して会話を行っていたためです。
騒動直後、横浜市からの要請を受けて指定医療機関で精密な聴力検査が実施されました。その結果、提出された聴覚障害の診断書は「感音性難聴の傾向はあるものの、身体障害者手帳の基準(高度難聴)には該当しない」という客観的事実を突きつけました。これにより、同氏は障害者手帳を横浜市に自主返還することとなり、「全聾の天才」という最大のアイデンティティは完全に崩壊しました。
そして2014年3月7日、都内で行われた佐村河内守の謝罪会見は、日本中を騒然とさせました。トレードマークだった長髪と口髭を綺麗に剃り落とし、黒スーツ姿で現れた同氏は、冒頭で深々と頭を下げて謝罪したものの、質疑応答が進むにつれて態度を一変させました。「新垣氏を名誉毀損で訴える」「彼も共犯者だ」と声を荒らげ、手話通訳が訳し終える前に記者の質問に対して肉声で遮るように反論するなど、3時間超にわたる異例のバトルが展開されたのです。この会見は、真相の解明どころか世間に「稀代のトリックスター」という決定的な印象を焼き付ける結果となりました。