黒死牟というキャラクターの根幹を支配しているのは、実の双子の弟である継国縁壱への底知れない執着と嫉妬です。心理学における「カインコンプレックス(兄弟間の激しい嫉妬や敵対心)」の極致ともいえる感情が、彼の行動原理のすべてを規定していました。
幼少期、縁壱は忌み子として冷遇され、巌勝こそが跡継ぎとして英才教育を受けていました。しかし、ある日初めて竹刀を手にした縁壱が、指南役の侍を一瞬で打ち倒したことで序列は完全崩壊します。縁壱は生まれながらに「透き通る世界」を視通し、呼吸の極意を体得していた本物の天才だったのです。
鬼となってから約60年後、黒死牟は80歳を超えた老齢の縁壱と月夜の下で再会を果たします。痣を持つ者は25歳で死ぬという絶対の法則すら、縁壱の前には無意味でした。老いた縁壱は涙を流しながら兄を哀れみ、次の瞬間、黒死牟の視界を凌駕する超神速の斬撃でその頸を深々と斬り裂きます。黒死牟は一切反応できず、死を覚悟しました。
しかし、二撃目が放たれることはありませんでした。縁壱はその直後、立ったまま寿命を迎え絶命したのです。生涯で一度たりとも弟に勝つことができなかった屈辱と絶望から、黒死牟は激昂し、縁壱の遺体を刀で両断します。その時、切断された遺体の懐から転がり落ちたのが、幼少期に巌勝が弟に買い与えた「手作りの笛」でした。
縁壱にとって、兄がくれた歪な笛は生涯肌身離さず持ち歩いた唯一無二の宝物でした。弟が自分に向けていた純粋無垢な敬愛の念を突きつけられた黒死牟は、溢れ出る慟哭を抑えられず、その笛を拾い上げて自らの着物の帯に生涯忍ばせ続けることになります。愛憎が混ざり合ったこの「笛」こそが、彼が人間であった最後の証明でした。