長年、ネット掲示板や週刊誌などで取り沙汰されてきたのが「バース・掛布・岡田の確執・不仲説」です。強烈な個性とプライドを持つスター選手同士であったため、「打順や年俸を巡って対立していたのではないか」という憶測が流れることがありました。
しかし、当時のチームメイトや関係者の取材証言によれば、私生活での過度な馴れ合いはなかったものの、グラウンド上では極めて高度な相互リスペクトで結ばれていました。掛布氏は後年の著書で「バースが3番にいてくれたからこそ、自分は4番として厳しい攻めにも冷静でいられた。岡田が後ろに控えている安心感は何物にも代えがたかった」と述べています。プロフェッショナルとしての適度な距離感と信頼関係が、あの破壊力を生み出していたのが実態です。
また、掛布雅之の引退理由についても様々な噂が存在しますが、決定打となったのは度重なる怪我でした。1986年の死球による左手首骨折、その後の腰痛(椎間板ヘルニア)や肩の故障が重なり、代名詞であった鋭いスイング軌道を維持できなくなったことが直接の要因です。1988年、33歳という若さでユニフォームを脱いだ決断は、ファンに大きな衝撃を与えましたが、「ミスタータイガースとしてのプライドを守り抜いた引き際」として語り継がれています。