圧力鍋の内部は、一般的な家庭用器具で約1.8〜2.0気圧、庫内温度は115℃〜120℃に達します。この過酷な高温高圧環境下において、豚肩ロースの内部では劇的な化学変化が起きています。失敗の原因を突き止めるには、まず豚肩ロースという部位の肉質特性を理解しなければなりません。
豚バラ肉の脂質含有量が約35%に達するのに対し、豚肩ロースの脂質はおよそ14%〜16%と半分以下にとどまります。残りの大半は筋繊維を構成するタンパク質(ミオシンやアクチン)と、細胞を束ねる結合組織(コラーゲン)です。肉のタンパク質は60℃を超えると凝固を始め、68℃を超えると水分を外へと強力に絞り出します。
一方、硬いスジ肉をトロトロに変えるコラーゲンのゼラチン化には、高温長時間の加熱が不可欠です。ここに大きなジレンマが生じます。コラーゲンを溶かそうとして過剰に加圧を続けると、赤身の筋繊維は水分を限界まで吐き出し、スポンジのカスのようにスカスカになってしまいます。脂身のクッションが少ない豚肩ロースブロックのパサつく原因は、まさにこの筋繊維の過剰収縮と脱水に他なりません。
さらに見落とされがちな盲点が、加熱直後の「急激な減圧」です。早く仕上がりを確認したいからと蒸気抜きバルブを手動で倒すと、肉の内部に残っていた水分が一瞬で沸騰して蒸発し、肉汁を物理的に吹き飛ばしてしまいます。これが、豚肩ロースが固くなる理由の隠れた決定打となっています。