食肉流通の現場において、ヤゲン軟骨の部位は「鶏胸軟骨(とりむねなんこつ)」に分類されます。具体的には、鶏の胸肉の中央に位置する胸骨の最先端部、医学・解剖学用語で「剣状突起(けんじょうとっき)」と呼ばれる軟骨組織を指します。鶏の骨格構造を支えるキールボーン(竜骨突起)の先端にわずかに存在する組織であり、鶏1羽からたった1本(重量にして約20〜30g程度)しか採取できない極めて希少な部位です。
では、なぜこの部位が「ヤゲン」と呼ばれるようになったのでしょうか。その歴史的背景には、日本の伝統的な医薬文化が深く関係しています。ヤゲン軟骨の名前の由来は、漢方薬の原料を生薬として粉砕・すり潰すために用いられた器具「薬研(やげん)」にあります。薬研は舟形のくぼみを持った金属や木製の台盤であり、中央が深く窪んだV字・Y字の構造をしています。鶏の胸骨先端の軟骨を取り出した際、中央が凹んで左右に羽を広げたような独特の舟形形状が、まさにこの薬研の窪みと車輪状の研ぎ具に酷似していたことから、肉職人たちの間で「ヤゲン」と呼ばれるようになったと伝えられています。
食肉卸の担当者は取材に対し、「丸鶏を捌く職人の間では、その断面の美しさと独特の形状から、昭和初期にはすでに隠語のように『ヤゲン』の名が定着していた」と語ります。古の薬研の由来となった漢方の知恵が、思わぬ形で現代の食文化にその名を刻み続けている点は非常に興味深い事実です。