昭和の時代に広く信じられていた「蜂に刺されたら尿やアンモニア水をかければ治る」という俗説。SNSや知恵袋などでは現在でも質問が寄せられることがありますが、この説は完全な誤りであり、極めて危険な行為です。
この迷信が生まれた背景には、「蜂の毒は酸性だから、アルカリ性のアンモニアで中和できる」という初歩的な化学理論の曲解がありました。しかし、現代の生化学分析によって、スズメバチやアシナガバチの毒成分はギ酸(蟻酸)ではなく、アミンのほか、メリチン、アパミン、ホスホリパーゼA2といった複雑なペプチドや酵素群が主成分であることが判明しています。これらは単純な酸・アルカリ中和反応で無毒化できる構造ではありません。
それどころか、傷口にアンモニアを塗布すると、強アルカリによる皮膚組織の融解や化学熱傷(ケミカルバーン)を引き起こし、患部の組織壊死を悪化させます。尿をかける行為に至っては、雑菌による化膿性皮膚炎を誘発するだけで何一つ医学的メリットはありません。蜂刺されアンモニアNGの真相は、効果がゼロであるばかりか、自ら傷口を悪化させる自傷行為に等しいという点に尽きます。
また、「1回目は軽症で済むから大丈夫」という過信も禁物です。生体内にハチ毒のアレルゲンが侵入すると、免疫系がそれを記憶して特異的IgE抗体を産生します。この準備が整ってしまった状態で再び刺されると、蜂刺され2回目の危険性が一気に顕在化し、全身の肥満細胞からヒスタミン等の化学伝達物質が爆発的に放出され、致命的なアナフィラキシーへと移行する確率が跳ね上がります。ただし、「1回目は絶対にアナフィラキシーが起きない」というのも誤りで、過去に知らぬ間に刺されていたり、他のアレルゲンとの交差反応があったりすれば、初刺傷であっても重篤なショックを起こす事例は臨床上珍しくありません。