「生徒指導」を「悪いことをした子どもを厳しく叱って正すこと」と捉えているなら、それは制度上も教育学上も大きな誤解です。文部科学省が策定した『生徒指導提要』において、文部科学省の生徒指導定義は「学校の教育目標を達成するために、児童生徒一人一人の個性の伸長を図りながら、社会的な資質や行動力を高める教育活動」と明示されています。指導の主役は教員ではなく児童生徒自身であり、大人が力で押さえつける行為は生徒指導の本来の趣旨から完全に逸脱しています。
生徒指導の根底にある核心は、自己指導能力の育成です。自己指導能力とは、自分が置かれている状況を正しく把握し、何をすべきかを自ら主体的に判断・決定して行動し、その結果に責任を持つ力を指します。「先生に怒られるから廊下を走らない」状態は他律的な服従にすぎず、「他人にぶつかると危ないから歩く」と自覚して行動を選択できる状態へ導くことこそが、生徒指導の目的と意義です。
学校教育の基軸をなすもうひとつの柱である教科指導との決定的な違いを整理すると、その役割分担が鮮明になります。国語や数学などの教科指導が「知識・技能の習得と知的好奇心・探究力の涵養」をめざす認知的なアプローチであるのに対し、生徒指導は「自他を尊重する人間関係の構築や集団生活への適応、社会的規範の獲得」を支える非認知的・社会的なアプローチです。授業を成立させる土台となる安心・安全な空気感をつくるのが生徒指導であり、両者は車の両輪として機能します。どちらか一方が欠けても、子どもたちの健やかな成長は望めません。