消費者が実生活の中で可塑剤の存在を最も強烈に意識させられるのは、健康被害ではなく「身近な日用品の劣化トラブル」である。SNSや知恵袋などのコミュニティでは、以下のような悲鳴が定期的に投稿されている。
「引き出しに入れておいたプラスチック定規と消しゴムが、接着剤で固めたように溶着してボロボロになった」
「数年ぶりにクローゼットから出した合皮ジャケットやブランドバッグの持ち手が、ベタベタして触れない」
「古い家電のACアダプターのコードが、ギトギトした油を吹いてホコリがこびりついている」
これらの現象はすべて、専門用語でブリードアウト現象(Bleed-out)、あるいは可塑剤の移行と呼ばれる物性トラブルである。なぜこのような現象が起きるのか。決定的な可塑剤移行性理由は、可塑剤が塩ビポリマーと化学的な共有結合をしておらず、「物理的に混ざり合っているだけの状態」にある点にある。
可塑剤分子は熱、紫外線、経年劣化、あるいは圧力や濃度勾配によって、ポリマー網目の間を自由に移動できる。時間とともにプラスチックの表面へと染み出してくるのがブリードアウトであり、表面に滲み出た低分子オイルが空気中のホコリを吸着して不快なベタつきを引き起こす。
さらに、可塑剤を含んだ塩ビ製品が他のプラスチック(ポリスチレンやアクリル樹脂など)と密着していると、熱力学的な親和性から可塑剤が接触相手のプラスチックへと移動していく。消しゴム(可塑剤を大量に含んだ塩ビ)がプラスチック定規(ポリスチレン等)を溶かしたように見えるのは、定規のプラスチック内部に可塑剤が浸透し、定規の表面を柔らかく可塑化させてしまった結果に他ならない。
物性の観点から見れば厄介な移行性だが、現場の配合設計技術者たちは、分子量の大きいポリエステル系可塑剤を採用したり、樹脂表面に保護コーティングを施すことでブリードアウトを極限まで抑え込む工夫を凝らしている。劣化現象そのものは化学的な物理法則の現れであり、直ちに毒性物質が牙を剥いたわけではない。