多くの日本人リスナーが口を揃える最大の謎が、「アイルランドに行ったこともないのに、なぜか故郷の風景を思い出して涙腺が緩む」という不思議な懐かしさの現象です。この郷愁の正体は、音楽理論的な音響構造と、日本人が古来持っている文化的感性の見事な一致によって論理的に説明できます。
第一の理由は、旋律を構成する「音階(スケール)」の構造的類似です。日本の伝統音楽や昭和歌謡、童謡の根底には「ヨナ抜き音階(西洋音階の第4音と第7音を抜いた5音音階)」が存在します。一方、ケルト音楽のメロディの多くは「ペンタトニックスケール(5音音階)」や、長調とも短調とも割り切れない教会旋法(ドリア旋法、ミクソリディア旋法など)に基づいています。半音のぶつかりが少なく、自然倍音に素直に寄り添う音の並びが共通しているため、日本人の耳には理屈を超えて「DNAに刻まれた懐かしい響き」として認知されるのです。
第二の決定的な接点が、スタジオジブリ作品をはじめとする日本のアニメーション文化が果たした架け橋の役割です。
スタジオジブリの宮崎駿監督作品では、制作初期段階のイメージアルバムや作品の根底にケルト音楽のエッセンスが濃厚に注ぎ込まれてきました。『天空の城ラピュタ』の舞台設定にイギリス・ウェールズの炭鉱町が選ばれたことは有名ですが、その荒涼とした緑の大地と滅びゆく文明へのノスタルジーを表現する音楽的言語として、ケルト的な情緒が極めて自然に機能しました。
さらに、『耳をすませば』では劇中でバウロンやフィドル、古楽器が演奏されるシーンが描かれ、『ゲド戦記』の劇中歌「テルーの唄」はスコットランド民謡の旋律美を現代に昇華させた構成を持っています。決定打となったのは、2010年公開の『借りぐらしのアリエッティ』でした。フランス・ブルターニュ出身のケルティックハープ奏者・シンガーであるセシル・コルベル(Cécile Corbel)が主題歌および劇伴全編を手掛けたことで、ケルト音楽が持つ「草木や木漏れ日の匂い」「小さな生き物たちの息遣い」が、日本のアニミズム的な自然観と完全にシンクロしたのです。
湿潤な島国で暮らし、豊かな四季と自然の中に神性やもののあはれを見出してきた両国の精神的土壌。アイルランドの妖精伝説(フェアリー・フォークロア)と日本の八百万の神への信仰心が、音の波長を通じて奇跡的な共鳴を果たしているといえます。