ネット上には「かゆみがあるならアレルギーや乾燥肌だからがんは否定できる」「がんのしこりは痒くならない」といった危険な誤解が蔓延しています。しかし、これは医学的に誤りです。特に臨床現場で最も警戒されるのが、炎症性乳がんと皮膚炎の見分け方です。
炎症性乳がんは、明らかな「しこり」を形成せず、がん細胞が真皮内の毛細リンパ管をびまん性に閉塞させる特徴を持ちます。その結果、乳房から脇にかけての皮膚が急速に赤く腫れ上がり、毛穴が沈んで「オレンジの皮(peau d'orange)」のようにゴワゴワとした浮腫状に変化します。この病態は蜂窩織炎や急性湿疹、乳腺炎と酷似しており、患部に強い熱感や痒み、ヒリヒリ感を伴います。
一般的な皮膚炎であれば、皮膚科で処方された副腎皮質ステロイド外用薬や抗ヒスタミン薬、抗菌薬の投与によって数日から1週間程度で明らかな消退傾向が見られます。しかし、炎症性乳がんや悪性腫瘍に伴う皮膚病変は、ステロイドを使用しても全く反応しないか、ごく初期にわずかな抗炎症作用で一時的な小康状態を見せた後、急速に悪化します。市販薬を漫然と使い続ける行為は、病態を隠蔽し、いたずらにステージを進行させる重大なリスクを孕んでいます。
また、脇の下の皮膚がんと色素沈着の鑑別も極めて重要です。長年の制汗剤使用やカミソリ処理によって脇が黒ずむ「炎症後色素沈着」は誰にでも起こり得ますが、乳房外パジェット病や悪性黒色腫(メラノーマ)の初期病変は、左右非対称な色調のムラ、境界のギザギザとした乱れ、びらん(ジュクジュクとしたただれ)を伴います。単なる黒ずみではなく、色素沈着の周囲にかゆみや粉ふき、出血を伴う病変が単発で生じている場合は、皮膚科専門医によるダーモスコピー検査や病理組織生検が不可欠です。