野村萬斎と千恵子夫人の馴れ初めは、ドラマのシナリオをも凌駕する運命的な物語を秘めています。二人の出会いは、共に入学した筑波大学附属小学校時代まで遡ります。萬斎の3学年下に千恵子夫人が入学したことで、幼少期から同じ教育環境の中で育ちました。同校は小学校から高校までの中高一貫教育(筑波大学附属中学校・高等学校)を提供しており、二人は長い学生時代を同じ校舎の空気感を共有しながら過ごした「幼馴染」の関係でした。
もっとも、在学中からすぐに交際していたわけではありません。狂言一家の長男として、物心ついた3歳から厳しい稽古に明け暮れ、思春期には伝統の重圧に葛藤していた萬斎にとって、伝統芸能とは無縁の自由な世界で育つ同窓生たちは特別な存在でした。大学進学や社会人経験を経て、同窓会や共通の知人を介して再会を果たした際、幼少期からの共通項と、狂言師という看板を取り払った「武司(萬斎の本名)」という一人の人間を深く理解してくれる千恵子夫人の存在が、萬斎にとってかけがえのない安らぎとなったのです。
萬斎は過去のインタビューや手記において、伝統を背負う自身の精神的な孤独について語ったことがあります。「舞台の上では常に孤独。だからこそ、家庭の中では自分を取り繕う必要のない空間が必要だった」という述懐の通り、1994年の萬斎襲名という人生最大の転機を経て、30歳を迎えた1996年6月に二人は結婚へ至りました。外見的な華やかさや家柄の打算ではなく、幼少期からの確かな人間的信頼が結婚の決定打となった経緯は、狂言という伝統の世界にあって非常にモダンで堅実な選択でした。