日本人の脳裏に深く刻み込まれている「一日一万歩」というスローガン。そもそも、この数字はどこからやってきたのでしょうか。多くの人々が「厚生労働省や医師会が厳密な臨床実験を重ねて導き出した医学的基準」だと信じ込んでいますが、そのルーツを探ると意外な商業的背景に行き当たります。
時計メーカー関係者や公衆衛生の歴史資料によると、1964年の東京オリンピック翌年である1965年に山佐時計計器が発売した歩数計の商品名「万歩計」こそが発端でした。「1日1万歩歩いて健康になろう」という宣伝文句は、日本人の数字好きとキリの良さ、そして当時の健康ブームに見事に合致し、社会全体へ急速に浸透しました。つまり、スタートは科学的エビデンスではなく、民間企業の優れたマーケティング戦略だったのです。
その後、厚生労働省が策定した「健康日本21」の初期目標値などにも「成人男性9,200歩、女性8,300歩」といった目安が掲げられたことで、「およそ1万歩」という認識が行政的にも追認される形となりました。しかし、関係省庁が策定する「健康づくりのための身体活動・運動ガイド」の改訂版においては、一律に1万歩を強要する姿勢は見直され、個人の体力や年齢に応じた「現在の歩数+1,000歩(約10分の歩行増加)」へと現実的な方針転換が進んでいます。
「一日一万歩は意味ない」と切り捨てるのは極論ですが、「1万歩を歩かなければ健康になれない」と思い詰める必要は一切ありません。目標値という数字そのものの一人歩きが、多くの人々に不要な罪悪感と肉体的負荷を強いてきたのが実情です。