2026年6月、山尾氏は突如として同年秋の第49回衆議院議員総選挙に出馬せず、議員活動に終止符を打つことを表明しました。次期総選挙での当選も有力視されていた中での決断は、永田町に大きな衝撃を与えました。
表向きの引退理由として語られたのは、「政治家というプレーヤー以外の方法で政策を実現したい」という動機でした。憲法改正論議や人道支援法案など、超党派で進めるべき重要課題が、国会内の政争や足の引っ張り合いによって停滞することへの強い閉塞感があったとされています。
また、度重なる週刊誌の私生活報道によるメディア攻勢や、所属政党(立憲民主党から国民民主党へ移籍)の変遷に伴う精神的・肉体的消耗も一因と見られています。自らの発信力を最大限に生かす舞台として、永田町の外側から立法に関わる道を選んだのが真相といえます。