現在の世界的成功を語る上で欠かせないのが、日本時代におけるASUKA(華名)の経歴です。グラフィックデザイナーとしての経歴を持ちながらリングに飛び込んだ彼女は、2004年にAtoZでデビュー。一度は体調不良により引退を余儀なくされるも、自ら立ち上げたデザイン事務所の経営を経て電撃復帰を果たしました。
日本のプロレス界に決定的な衝撃を与えたのが、2010年に発表された通称「華名マニフェスト」です。「馴れ合いの試合構成」「ファンへの過度な媚び」を痛烈に批判し、リアリズムと自己プロデュースを重視する過激な提言は、当時の女子プロレス界全体を巻き込む大論争へ発展しました。
バッシングを浴びながらも、自主興行『華名プロ』の成功や各団体での王座奪取によって自らの理論を実証。既存の枠組みを壊し、己の力のみで道を切り拓いたこの時代の闘争心こそが、単身アメリカへ渡りWWEの頂点へと上り詰める原動力となりました。