「踏んだり蹴ったり」の基本的な意味は、「重ねてひどい目に遭うこと」「散々な扱いを一方的かつ連続して受けること」です。一つの不運が終わらないうちに別の災難が降りかかり、弁解や抵抗の余地すらない過酷な状況を表します。 ここで多くの人が抱く素朴な疑問が、「自分が能動的に相手を踏んで蹴っているような言葉遣いなのに、なぜ被害を受けている意味になるのか」という点です。
文法構造の謎|「踏まれ蹴られ」が能動形へ変化した歴史的背景
日本語の歴史言語学や近世語の研究資料を紐解くと、この表現の原型は中世末期から江戸時代にかけて庶民の間で使われていた「踏みつけられ、蹴りつけられる」という一方的な暴行・狼藉の描写に遡ります。 本来であれば受身形である「踏まれたり蹴られたり」と表現されるべきところですが、江戸の町人文化や講談・落語などの語り芸の中で、語のリズム感や口拍子の良さを優先して能動的な「〜たり〜たり」の並列形に転訛したとされています。つまり、文法的には動作主の形を取りながら、意味としては完全に「被害者の受難」を表す特殊な慣用句として定着したわけです。 したがって、「相手を徹底的に痛めつける」という意味で能動的に使うのは明確な誤用であり、あくまで「自分が一方的に打ちのめされた状態」を語る際にのみ用いられます。