華やかな現在の姿からは想像もつきませんが、かつての二人の間には骨肉の断絶とも呼べる決定的な確執が存在していました。ローランド(本名:松尾風雅 / まつお ふうが)は、父・洋一氏、母、双子の妹、そして弟の5人家族という家族構成のもと、東京都八王子市の実家で育ちました。実家には防音設備を完備した本格的な音楽スタジオが併設されており、幼少期から超一流の音と機材に日常的に触れる環境にあったといいます。
サッカーの名門・帝京高校でプロを目指して青春を捧げたローランドでしたが、プロ契約の夢破れ、周囲の希望もあって帝京大学へと進学します。しかし、運命の入学式当日、スーツに身を包んだ大量の新入生たちがベルトコンベアのように流れていく光景を目の当たりにした瞬間、「自分は敷かれたレールの上を歩むために生まれてきたのではない」と直感。誰にも相談することなく、入学初日に退学届を提出してしまいました。
帰宅後、「大学を辞めて、歌舞伎町でホストになる」と打ち明けた息子に対し、父・洋一氏は激昂しました。自らの腕一本、過酷なプロの現場で生き抜いてきた職人気質の父親にとって、息子の決断は軽薄な逃避にしか映らなかったのです。当時の緊迫した衝突について、ローランドは自著やテレビ特番の単独インタビューでこう述懐しています。
「父親から『お前のような甘ったれた奴にプロの世界が務まるわけがない。家を出て行け、二度と敷居を跨ぐな』と怒鳴られ、文字通り勘当されました。持っていた荷物を放り出され、携帯の番号も消去させられるほどの完全な絶縁状態でした」
親の庇護を完全に断ち切られたローランドは、八王子の実家を飛び出し、家賃6万数千円の西新宿の狭小アパートで下積み生活をスタートさせました。冬場に暖房をつける金すらなく、ママチャリで歌舞伎町へ通いながら、歯を食いしばって「父に自分の選択が正しかったことを証明する」という復讐心にも似たハングリー精神を燃え上がらせたのです。