日本歌謡史に燦然と輝く名曲『まつり』は、1984年11月5日にシングルとして世に送り出されました。この楽曲の誕生には、昭和の音楽シーンを牽引していた二人の巨人の並々ならぬ熱量が深く関わっています。作詞を手掛けたのは稀代のヒットメーカーであるなかにし礼、そして作曲を担当したのは原譲二――すなわち北島三郎本人です。
北島三郎が自身の作曲用ペンネームとして名乗り始めた「原譲二」という名は、敬愛するアメリカの作曲家ジョージ・ガーシュウィンに由来すると本人が過去の対談で明かしています。自らの手でメロディを紡ぎ出すことで、従来の日本調演歌の枠に収まらない、力強い和太鼓の乱れ打ちとブラスセクション、そしてロックやラテンの躍動感をも内包した強烈なビート感を構築しました。
作詞のなかにし礼が紡いだ『まつり』の歌詞には、単なるドンチャン騒ぎのイベントではない、日本の大地に根ざした人々の生き様が克明に刻まれています。海に生きる漁師の荒々しい息遣い、土の匂いが染み込んだ農民の汗、そして山を守り木を育てる人々の誇り。「男はまもりを 育てて燃やす」「これが日本のまつりだよ」というフレーズには、厳しい自然と対峙しながら命を繋いできた大衆への最大級の賛美と労いが込められているのです。