聖書に由来することわざ・教訓として定着したこのフレーズは、近現代の文学者たちにも決定的な影響を与えてきました。
代表的な例が、フランスのノーベル文学賞作家アンドレ・ジッドによる自伝的作品『一粒の麦もし死なずば』(1926年刊行)です。ジッドは厳格なプロテスタントの家庭で育ちながらも、同性愛的な自己のセクシュアリティとキリスト教道徳の間で激しく葛藤しました。彼は旧来の偽善的な道徳観(=古い自己)を打ち砕き、ありのままの真実を受け入れることで真の芸術家として生まれ変わるプロセスを、この聖句に重ね合わせて赤裸々に告白しました。
一方、日本のキリスト教作家・三浦綾子もまた、この精神を深く体現した一人です。三浦綾子の著作や随筆、あるいは小林多喜二の母を描いた名作『母』の根底には、他者の苦しみを背負い、人知れず祈りを捧げ続ける無名の存在に対する深い敬意が流れています。自らが病床で苦難を味わいながらも他者への愛に生きた三浦の足跡は、まさに「地に落ちたひと粒の麦」としての生き方そのものでした。