「好きなもの一覧を見ても、自分にはこれといった強いこだわりがない」「プロフィールに書くほどの趣味が見当たらない」と悩む方は非常に多く見られます。現代のSNSや自己啓発の言説では「好きを仕事に」「情熱を持とう」というメッセージが溢れているため、かえって「自分には情熱を注げるほどの好きなものがない」という無趣味コンプレックスを抱え込みやすい構造が存在します。
この現象の背後には、社会心理学および臨床心理学の観点から主に3つの心理的要因が働いています。
第一に、「社会的有用性の過度な重視(実利主義の罠)」です。「こんなものは誰の役にも立たない」「スキルアップや収益に繋がらないから趣味とは呼べない」と無意識にジャッジしてしまい、純粋な快感情を自ら切り捨ててしまうケースです。本来、好きという感情は極めて個人的かつ非生産的なものであって構いません。
第二に、「比較による矮小化(完璧主義の弊害)」です。SNSを開けば、プロ顔負けのキャンプギアを揃える人や、年間何百本も映画を観るシネフィルが目に入ります。「自分はたまに動画を見る程度だから、好きと公言してはいけない」という心理的抑制(心理的バウンダリーの曖昧さによる他人との過剰な比較)が、自身の素朴な好意を封じ込めてしまうのです。
第三に、「認知的疲労による感性の麻痺」です。日々の業務や人間関係のマルチタスクに追われ、脳のワーキングメモリが常に限界を迎えている状態では、情動を司る大脳辺縁系の働きが鈍くなり、「何を食べても美味しいと感じにくい」「休日は寝るだけで何も楽しめない」という軽度のアレキシサイミア(失感情症)的傾向が生じます。「好きなことがない」のではなく、「好きを感じる心の余白が枯渇している」状態と言えます。