東北医科薬科大学の歩みを語る上で避けて通れないのが、1979年の琉球大学医学部設置以来、日本国内で約37年間凍結されていた医学部新設の規制がなぜ解除されたのかという歴史的背景です。
契機となったのは、2011年3月11日に発生した東日本大震災でした。東北地方は震災前から全国平均を大きく下回る深刻な医師不足に悩まされており、沿岸部を中心とした壊滅的な被災によって地域医療崩壊の危機が現実のものとなりました。この未曾有の危機に対し、政府の復興基本方針に基づいて「東北地方における復興の象徴となる医療拠点の整備と医師確保」が国家戦略として位置づけられたのです。
医学部新設の認可を巡っては複数の自治体や学校法人が名乗りを上げましたが、1939年創立の東北薬学専門学校を起源とし、70年以上の医療人教育の歴史を持つ東北薬科大学が最終的に選定されました。旧東北厚生年金病院を承継・統合して「東北医科薬科大学病院」へと改組し、2016年4月に「東北医科薬科大学」として新たなスタートを切った背景には、地域医療を何としても再建するという東北全体の強い要請があったのです。