冠動脈疾患にまつわる情報の中には、医学的根拠を欠いた危険な誤解や、一般には見落とされがちな落とし穴が存在します。
高齢者や糖尿病患者に潜む「無痛性心筋梗塞」
医学界で最も警戒されている盲点の一つが、「痛みを伴わない心筋梗塞(無痛性心筋虚血)」です。糖尿病を長年患っている患者や高齢者では、末梢神経や自律神経に障害(糖尿病性神経障害)が生じているため、心筋が壊死に瀕していても痛みの信号が脳に伝わりません。
こうした患者群では、肩の痛みすら感じず、「なんとなく身体がだるい」「急に息が苦しくなった」「吐き気がする」といった非特異的な不調だけで心筋梗塞が進行します。厚生労働省の関連研究班のデータでも、糖尿病患者における心筋梗塞の約30〜40%が無痛性であると報告されており、「痛くないから心臓病ではない」という判断は通用しません。
「右肩の痛みなら心筋梗塞ではない」という俗説の誤り
ネット上では「左肩なら心臓、右肩なら肝臓や胆嚢」という単純化された言説が見られますが、臨床上これは危険な思い込みです。心臓の神経走行の個人差や、閉塞した血管の部位(右冠動脈など)によっては、右肩や両肩、背部中央に放散痛が出る症例も確実に存在します。右肩だからといって心疾患を完全に除外することはできません。
ネットで拡散された「咳をすれば助かる」というデマの危険性
SNS等で定期的に拡散される情報に「心筋梗塞の前兆を感じたら激しく咳をすれば自力で血流を保てる(いわゆる咳CPR)」というものがあります。しかし、日本蘇生協議会(JRC)をはじめとする心臓病関連学会は、これを明確に否定しています。不整脈の監視モニターがあるカテーテル検査室内などの特殊環境を除き、一般市民が発作時に無理に咳き込む行為は、余計に心臓へ過度な負担をかけ、症状を悪化させるリスクがあります。