今でこそ知的な司会者として朝の生放送を仕切る山里亮太ですが、彼が赤メガネを装着した発端は、爽やかさとは対極にある「すさまじい劣等感と生存戦略」から生まれたものでした。この経緯は、彼の自著である『天才はあきらめた』(朝日文庫)や過去のドキュメンタリー番組の告白取材でも生々しく語られています。
2003年の南海キャンディーズ結成当時、相方の山崎静代(しずちゃん)は身長182cmという圧倒的な体格と、唯一無二のマイペースなボケという天性の華を持っていました。劇場の舞台に立った瞬間、観客の視線と笑いはすべてしずちゃんに集中します。当時、ピン芸人「足軽エンペラー」の解散を経て這い上がろうとしていた山里は、舞台上で相方の横に立つ自分が「完全に透明人間になっている」という凄まじい恐怖に襲われました。
「この怪物のような相方の隣で、自分という存在を一瞬で観客の網膜に焼き付けるにはどうすればいいか」。そこで彼が着目したのが、あえて男性芸人が誰も選ばなかった「小さめの赤いオーバルメガネ」でした。当時はまだイケメン俳優やスタイリッシュなモデルが赤フレームをかける文化は薄く、男性の赤メガネは「奇異」「ねちっこい」「生理的な違和感」を醸し出すアイテムだったのです。
山里は自らの立ち位置を「しずちゃんを引き立てつつ、不気味かつ的確なワードで突っ込むストーカー気質の男」と定義づけました。赤メガネは、彼の卑屈さと異様なワードセンスを視覚的に補強する、冷徹な計算に基づいたセルフプロデュースの具現化でした。