映画版『火宅の人』が時代を超えた傑作と呼ばれる最大の要因は、深作欣二監督の演出に応えた名優陣の圧倒的な怪演にあります。
主人公・桂一雄を演じた緒形拳氏は、エゴイズムと色欲にまみれながらも、どこか哀愁と茶目っ気を漂わせる作家を完璧に体現しました。全身全霊で怒鳴り合い、女性の身体をむさぼり、泥酔して自己嫌悪に沈む演技は、第10回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞をはじめとする同年の映画賞を総なめにしました。2008年に惜しまれつつ世を去った後も、緒形拳氏の代表作筆頭として映画ファンの間で語り継がれています。
そして観客に最も鮮烈な爪痕を残したのが、愛人・恵子役の原田美枝子氏です。若さと美貌、そして自滅的な情念が渦巻く演技は凄まじく、緒形拳氏と取っ組み合いになりながら首を絞められる場面の鬼気迫る表情は、日本映画史に残る名場面となりました。原田氏はこの演技で同年の日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を獲得。現在も日本を代表する本格派女優として、映画・テレビドラマの第一線で圧倒的な存在感を放ち続けています。
さらに、放置された正妻の怨念とプライドを静謐な狂気とともに演じきったいしだあゆみ氏(最優秀助演女優賞)、能古島で一雄を包み込む居酒屋の女給・葉子(オツル)を演じた松坂慶子氏など、日本映画界が誇る最高峰の女優陣が火花を散らしたキャスティングは、今なお奇跡的な布陣と称賛されています。