「朝起きてから焼き上がるまで15分」というフレーズを耳にした際、多くの料理経験者は「生焼けになるのではないか」「イーストの匂いが残るペラペラのスコーンのようなものではないか」と疑念を抱くはずです。編集部では大手製粉メーカーの元開発者や料理研究家への取材を重ね、その実態を現場で追検証しました。
結果から言えば、この時短製法は単なる手抜き料理ではなく、極めて綿密に計算された調理科学の産物です。従来のパン作りで重労働とされていた「捏ね」の工程は、小麦粉に含まれるグリアジンとグルテニンに水分を行き渡らせ、網目状のグルテン膜を形成させるために行われていました。しかし、水分量を通常(粉に対して65%前後)よりも大幅に引き上げた「加水率80%以上」に設定すると、人の手で力を加えなくとも、水和反応(オートリーズ)によって自然にグルテン組織が自己形成されます。これにより、激しい力仕事としてのこねないパン作り方が成立するのです。
さらに加熱の工程においては、予熱に10分以上を要する大型オーブンを完全に排除。熱伝導率に優れたフライパンで作る簡単パンは、蓋をすることで内部に高密度のスチーム空間を生み出し、一般的な家庭用オーブン以上の密閉熱で生地を一気に膨張させます。底面はクリスピーに焼き固まり、内部は蒸気によって水分を閉じ込めたまま火が通るため、驚くほどふっくらとしたクラムが短時間で完成します。まさにオーブン不要のパンレシピの真骨頂といえる現象が、フライパンの中で瞬時に起きているのです。