この結婚が順風満帆な祝福だけで迎えられなかった最大の要因は、TERUが再婚であり、交際発覚の時点で前妻との婚姻関係が継続していた点にあります。世間からは「略奪愛」「不倫劇」という厳しいバッシングが浴びせられました。この騒動の根底には何があったのか、当時のタイムラインを整理して客観的事実を検証します。
TERUはメジャーデビュー前の1993年、函館時代から下積みを支え続けてくれた一般女性と結婚していました。2人の間には1男1女が誕生。売れない時代に内助の功で支えてくれた妻の存在は、ファンの間でも美談として知られていました。しかし、1996年の大ブレイク以降、年間100本近いツアーやレコーディングに追われ、年間を通してほとんど帰宅できない日々が続きます。
当時のインタビューや関係者の証言によると、大貫亜美と出会うより以前から、極度の多忙によるコミュニケーションの断絶と生活の不一致から、すでに夫婦関係は冷え込み、実質的な別居状態に陥っていたとされています。しかし、法的な離婚成立が2000年3月であったのに対し、大貫亜美との交際報道が1999年に先行したため、「妻子を捨てて新しい女性へ走った」という構図がメディアによって強烈に印象付けられてしまいました。
離婚成立に際し、TERUは前妻と子供たちが生活に困らないよう、都内の居住用不動産の権利を譲渡し、長期にわたる養育費の支払いを契約。父親としての責任を果たす形で法的な決着をつけました。略奪愛というセンセーショナルな見出しの一方で、崩壊寸前だった家庭の実態と、筋を通そうとした誠実な対応の両面が存在したのです。