清水次郎長を語る上で欠かせないのが、「次郎長二十八人衆」と呼ばれる個性豊かな子分たちの存在です。中でも大政、小政、森の石松の3人は、講談や映画を通じて国民的な知名度を誇ります。
大政(原田熊蔵)と小政(吉川政吉):
尾張出身の大政は巨漢で腕が立ち、次郎長一家の事実上のナンバーツーとして組を取り仕切った実務派。一方、小柄ながら知恵と度胸に長けた小政は切り込み隊長として活躍しました。二人は血のつながりこそないものの、次郎長を絶対的な家長として支え抜いた忠臣であり、史実においても次郎長を支え続けた大幹部です。
森の石松の虚実:
「遠州森の石松」は隻眼(片目)で酒と喧嘩に目がない愛すべきキャラクターとして知られます。三州街道で都鳥一家にだまし討ちに遭い、非業の死を遂げた悲劇は有名ですが、この人物像の多くは後世の創作です。実在の石松(本名:森の佐太郎など諸説あり)は片目ではなく両目が見えていたという説が有力であり、次郎長との関係も一家の専属というよりは、客分や出入りの荒くれ者の一人だったと伝えられています。
昭和初期に浪曲師・広沢虎造が演じた『清水次郎長伝』のレコードが大ヒットしたことで、「義理に厚い親分と、純粋で命を投げ出す子分たち」という任侠美学が日本人の集団的記憶として定着しました。さらに戦後、マキノ雅弘監督による映画『次郎長三国志』シリーズ(東宝)などで名優たちが演じたことで、フィクションとしての英雄伝説は決定的なものとなりました。