坂本一生のキャリアを語る上で避けて通れないのが、日本芸能史に残る異例のデビュー劇です。坂本一生の若い頃は、まさに激動の渦中にありました。
1992年、当時トップ俳優として絶大な人気を誇っていた加勢大周が所属事務所からの独立を巡り法廷闘争へ突入。その際、事務所社長が加勢に対抗して大々的に公募し、約5万人の中から選ばれたのが本名・阪本一成、のちの坂本一生でした。「新加勢大周」という前代未聞の芸名を与えられ、記者会見で世間に披露された瞬間から、彼はメディアの過熱報道に晒されることになります。
その後、裁判所による芸名使用禁止の仮処分命令を受けて「坂本一生」へと改名。逆風のスタートとなったものの、恵まれた体躯とハードな筋力トレーニングで培った圧倒的な筋肉美、そして明るいキャラクターを武器に活路を見出します。『マジカル頭脳パワー!!』などの人気番組へレギュラー出演を果たし、鍛え上げた肉体と天然な受け答えのギャップで、お茶の間の人気者としてのポジションを確立していきました。