長野大学が公立化を選択した最大の理由は、深刻な若者の県外流出と大学経営基盤の抜本的強化にありました。私立時代は少子化の影響を受けて定員割れや志願者減に苦しみ、地域医療や福祉、地元産業を担う人材育成の継続が危ぶまれていました。そこで設置母体である上田市と協議を重ね、地方創生の核となる公立大学への移行を決断した経緯があります。
公立化直後の入試では、学費の大幅な引き下げと公立大ブランドの獲得によって志願者が殺到し、志願倍率が10倍以上に跳ね上がるという異例の事態が発生しました。この「公立化バブル」とも呼べる熱狂は、受験生の間で大きな話題となりました。
その後の倍率推移を追うと、近年は極端な倍率高騰から落ち着きを見せ、一般選抜の実質倍率は2.5倍〜4.0倍前後の適正なレンジに収斂しています。一過性のブームが去った現在でも倍率が安定している事実は、教育内容そのものが評価され、持続的な支持を得ている証拠と言えます。