岡田以蔵を語る上で欠かせない存在が、土佐勤王党の首領・武市半平太である。剣術の師であり尊王攘夷運動の指導者であった武市にとって、卓越した剣腕を持つ以蔵は極めて重宝する「道具」であった。武市の命を受けて政敵を次々と暗殺した以蔵だったが、文久3年の政変以降、党の勢力が衰退するとその立場は一変する。
土佐藩による弾圧が本格化すると、捕縛された以蔵が拷問に耐えかねて口を割ることを恐れた武市らは、獄中の以蔵へ毒殺の画策さえ行ったと伝えられている。かつて命を捧げる覚悟で仕えた師から見放され、消される対象となった事実は、以蔵の心を決定的に打ち砕いた。師弟の絆という名の利用関係がもたらした悲劇は、土佐勤王党内部に渦巻いていた陰惨な闇を如実に物語っている。