似鳥昭雄氏の幼少期から青年期にかけての生活は、苦難の連続だった。樺太で生まれ、終戦後に北海道札幌市へ引き揚げてきた似鳥家。闇米屋を営んでいた父・似鳥三吉氏からは、幼少期から極めて厳しい躾という名の体罰を受けながら育ったという。学校ではいじめの対象となり、勉強も全くついていけず、成徳高校(現・北海道正徳学園高)から短期大学、そして北海学園大学へと進学するものの、単位取得すら青息吐息の状態だった。
大学卒業後、ハウスメーカーの営業職に就いたが、対人恐怖症が災いして成績はゼロ。わずか半年で解雇処分となる。行くあてを失った似鳥氏が23歳で立ち上げたのが、わずか30坪の小規模な家具店「似鳥家具店」であった。これが現在の「株式会社ニトリ」の原点である。しかし開業当初は客が全く来ず、近隣に競合の大型家具店が出店すると売上は激減。破産寸前の絶望的な状況へ追い込まれることとなった。