金王八幡宮の謎を追う|渋谷最古の聖地が誇るご利益と歴史の真相

金王八幡宮の謎を追う|渋谷最古の聖地が誇るご利益と歴史の真相

金王八幡宮の謎を追う|渋谷最古の聖地が誇るご利益と歴史の真相に関する最新のニュースを分かりやすく解説します。関心のある方は必見です。

「なぜ、世界有数の過密都市・渋谷の中心部にこれほど重厚な聖域が残されているのか?」――この疑問を解く鍵は、平安時代末期から続く金王八幡宮の歴史と由緒にあります。当宮の起源は寛治6年(1092年)、秩父平氏の武将・平武綱(たいらのたけつな)が前九年の役での軍功を称えられ、八幡神(応神天皇)を勧請して創建したことに始まります。武綱の子孫である河崎基家がこの地を治め、堀河天皇より「渋谷」の姓を賜ったことで、一帯は「渋谷城」として整備されました。

神社の名を冠する「金王丸(こんのうまる)」とは、渋谷重家が当宮に祈願して授かった長男・渋谷金王丸常光のことです。金王丸は源義朝の側近として保元の乱(1156年)や平治の乱(1159年)で武名を轟かせ、義朝の最期を看取った忠臣として『平治物語』など数々の軍記物にも登場します。若くして散ったその剛勇と忠誠心を称え、のちに神社名が「金王八幡宮」へと改められました。

さらに歴史を大きく動かしたのが、江戸幕府の三代将軍を巡る暗闘です。徳川家光の乳母であった春日局は、次期将軍の座が弟の忠長に傾きかけた際、金王八幡宮に参籠して家光の将軍就任を祈願しました。その祈りが成就した御礼として、元和8年(1622年)、春日局と家光の手によって現在の社殿と神門が造営・寄進されたのです。数多くの大火や関東大震災、東京大空襲を奇跡的に免れたこの社殿は、まさに「絶体絶命の逆境を跳ね除け、大成をもたらす勝運」の象徴として、現代も多くの参拝者に語り継がれています。

田中 結衣
著者

田中 結衣

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。