日本の食文化において、「日本三大珍味」と称されるのは以下の3つです。
- 越前(福井県)の「雲丹(塩うに)」
- 野母・肥前(長崎県)の「唐墨(カラスミ)」
- 三河・尾張(愛知県)や能登(石川県)の「海鼠腸(このわた)」
これらが並び称される理由は、単に美味であることにとどまりません。江戸幕府への献上品として厳しく品質が管理され、将軍家や大名貴族への贈答品として政治的・文化的なステータスシンボルとして扱われてきた歴史的経緯があるためです。特に徳川家康が三河産の海鼠腸を激賞して以来、尾張藩の専売品として門外不出の扱いを受けたエピソードは広く知られています。
よく混同されるのが、同じナマコを原料とする高級珍味「くちこ(口子・ばちこ)」との違いです。このわたが「腸」であるのに対し、くちこは「ナマコの卵巣」を集めて乾燥させたものです。冬から春先の産卵期にしか採れない極めてデリケートな部位であり、数十本から百本単位のナマコの卵巣を三味線のバチのような形状に整えて天日干しにします。どちらも極めて希少ですが、熟成発酵によるトロリとしたペースト状の「このわた」と、軽く炙って香ばしさを楽しむ乾物の「くちこ」では、食感も風味も全く別物です。
このわたが小さな小瓶1本(約60g〜80g)で3,000円から6,000円超という高値で取引される決定的な理由は、圧倒的な歩留まりの悪さにあります。標準的なサイズのナマコ1匹から採取できる腸の重量は、わずか3〜5g程度。砂を抜き、水分を抜く工程を経ると、可食部はさらに目減りします。つまり、わずか小瓶1本を満たすために、20匹から30匹前後の良質な生ナマコが必要となる計算です。加えて、砂袋を手指の感覚だけで破らずにしごき出す熟練の職人技と手間賃が、そのまま価格に反映されています。