日本全国の幼稚園や小学校で歌い継がれている『ドレミの歌』。その冒頭を飾る「ドはドーナツのド」というフレーズは、どのようにして生まれたのでしょうか。当時の回想録やテレビ特番での証言によると、この着想の背景には、ペギー葉山さんが直面した「言葉とメロディの格闘」がありました。
1960年、ロサンゼルスで本場のブロードウェイ・ミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』を鑑賞したペギー葉山さんは、劇中でマリア先生と子どもたちが歌う『Do-Re-Mi』に強い衝撃を受けました。「こんなにも楽しく音階を学べる歌があるのか。日本の子どもたちにもぜひ歌ってほしい」。強い使命感を抱いた彼女は、自らの手で日本語の歌詞をつける決意を固めます。
しかし、ペンを執った彼女の前に立ちはだかったのは、日本語の音数と発音の壁でした。「ド」で始まる子ども向けの言葉を探し求め、何日も頭を抱えていたある午後、ふとおやつとして目の前に出されたのが「揚げたてのドーナツ」でした。ペギー葉山さんは生前のインタビューで、その瞬間のひらめきを次のように振り返っています。
「ドーナツのまんなかには穴が空いているでしょう。その穴を覗き込んだとき、子どもの頃に見た青空や、おやつを待つわくわくした気持ちが一気に蘇ってきたんです。『ドはドーナツ! これなら子どもたちが絶対に笑顔になる』と確信しました」
単に頭文字が合致するだけでなく、「子どもが大好きな食べ物」「丸い愛らしい形状」「家族のだんらん」という幸福な情景を想起させる言葉として、ドーナツはまさに運命的な選択だったのです。