1970年代後半に楽太郎が大喜利メンバーに加入した当時、番組は大きな変革期を迎えていた。五代目三遊亭圓楽の弟子として若くして頭脳派の立ち位置を期待された楽太郎だったが、当初は自身のキャラ付けに試行錯誤を重ねていた。
そこに救いの手を差し伸べたのが歌丸だった。歌丸は楽太郎に対し、「俺を徹底的に叩け」と助言したという。当時の演芸界において、大先輩である歌丸に容赦なく噛み付くキャラ設定は異例中の異例だった。しかし、歌丸の懐の深さと楽太郎の頭脳的な笑いのセンスが見事にかみ合い、伝説的な「インテリ腹黒キャラ」と「骨骨ジジイキャラ」の対立構造が完成した。
この対立構造の確立により、『笑点』の大喜利は単なるなぞなぞやダジャレの披露から、出演者同士の人間模様やドラマを楽しむエンターテインメントへと昇華を遂げた。落語という伝統芸能の基盤を持ちながらも、現代バラエティのスピード感を取り入れた二人の掛け合いは、番組の視聴率を長年にわたり牽引する原動力となった。