日芸の歩みを振り返るうえで避けて通れないのが、キャンパスの移転と統合の歴史です。日芸江古田校舎歴史と移転の経緯を紐解くと、1939年に江古田へ校舎を構えて以来、この地は日芸の精神的支柱であり続けました。しかし、1980年代後半のバブル期、大学の大規模化と郊外移転ブームの波に乗り、1988年に埼玉県所沢市へ新校舎を開設。1・2年生が所沢、3・4年生が江古田で学ぶという「分断体制」がスタートしたのです。
当時を知るOBや関係者の証言によると、この所沢移転は当初から大きな構造的課題を抱えていました。芸術教育の本質は、学年や専門分野を超えたぶつかり合いにあります。しかし、学年が物理的に引き離されたことで、先輩から後輩への技術や熱量の伝承が途絶え、学科間コラボレーションの機動力も著しく低下しました。「1・2年で所沢のアパートに住み、3年で江古田周辺へ引っ越す」という学生側の経済的・精神的負担も年々無視できない問題となっていったのです。
こうした危機感を背景に進められたのが、日本大学芸術学部所沢統合の真相です。大学執行部は2000年代半ばから江古田校舎の大規模再開発を段階的に推進。敷地内に地下2階・地上8階建ての先進的教育棟群を完成させ、2019年4月をもって全8学科・全学年の機能を江古田へ集約させました。単なる校舎の老朽化対策ではなく、「8学科がひとつの屋根の下で混ざり合う」という日芸本来のアイデンティティを取り戻すための、乾坤一擲の都心回帰戦略だったのです。