Folder5と三浦大知の絆|脱退理由と満島ひかりら現在の関係を解明

Folder5と三浦大知の絆|脱退理由と満島ひかりら現在の関係を解明

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インターネット上で多く見られる「Folder5に三浦大知がいた」という認識は、正確には半分正解で半分誤りです。両者の接点を正確に紐解くためには、1990年代後半の日本の音楽シーンに突如として現れた伝説的スクール、沖縄アクターズスクールの歴史へ遡る必要があります。

1997年8月、安室奈美恵やMAX、SPEEDを輩出し社会現象を巻き起こしていた同校から、小中学生7人で構成された男女混成ユニット「Folder(フォルダー)」がシングル『パラシューター』で鮮烈なメジャーデビューを飾りました。このグループのメインボーカルを務めていたのが、当時わずか9歳(小学4年生)のDAICHIこと三浦大知です。

当時のFolderは、小学生離れした超人的なリズム感とハイトーンボイスを武器に「和製マイケル・ジャクソン」と各メディアから絶賛されました。Folder時代の代表楽曲である『パラシューター』や『NOW AND FOREVER』、さらにはジャクソン5の難曲を完璧にカバーした『I WANT YOU BACK』など、三浦大知のずば抜けたボーカルを主軸に据え、女子メンバーたちが卓越したコーラスとバックダンスで支えるという、当時としては世界水準のパフォーマンスを誇っていたのです。

このFolderに在籍していた女子メンバーこそが、後にFolder5として活動するAKINA、HIKARI(満島ひかり)、ARISA、NATSU、MOEの5人でした。つまり、三浦大知はFolder5に所属していたのではなく、「Folderという母体グループでセンターを務め、その後に派生したFolder5の生みの親とも言える同志」というのが両者の正確な関係性です。

田中 結衣
著者

田中 結衣

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。