1996年、シングル『モラリティー』でメジャーデビューを果たした及川光博。当時の音楽シーンは、小室哲哉率いるプロデュース勢や、骨太なロックバンドがチャートを席巻していた。その真ん中に、フリル袖のシャツをまとい、「王子」と自称する青年が降り立ったのだ。世間は最初、戸惑った。冷ややかな目もあった。しかし、彼の徹底したファンサービスと、完璧に構築された世界観は、瞬く間に熱狂的な信者(ベイベー)を生み出していく。
彼が提示したのは、単なるナルシシズムではない。自分を客観視し、エンターテインメントとして消費される覚悟を持った、極めて知的な戦略だった。テレビ番組での軽妙なトークと、ステージ上での妖艶なパフォーマンスのギャップ。それは、当時の硬直化した男性像に対する、優雅な反逆でもあったのだ。