緑魔子が芸能界に刻んだ足跡は、当時の常識を根底から覆すものでした。1964年、東映映画『二匹の牝犬』のオーディションで数千人の中から主役に抜擢されると、舌足らずで退廃的なハスキーボイスと物憂げなルックスで映画ファンを熱狂させました。
この演技によってブルーリボン新人賞やキネマ旬報新人女優賞を総なめにし、瞬く間にトップ女優へと駆け上がります。『非行少女ヨーコ』や増村保造監督のカルト的名作『盲獣』など、過激で前衛的なテーマの作品にも果敢に挑戦。当時の日本映画界が求めていた「健康で明るいヒロイン」とは真逆の、毒と官能を併せ持ったアンチヒロイン像を確立しました。