事件が社会に与えた最大の戦慄は、高嶋雄平が教育現場において絵に描いたような「模範的エリート教員」であった点にあります。高嶋の教員としての経歴は、周囲から極めて高く評価されていました。
大学卒業後、横浜市立中学校の理科教諭として採用された高嶋は、実験や観察を取り入れたわかりやすい授業で生徒からの人気を集めました。真面目で温厚な人柄、保護者からの相談にも親身に応じる姿勢が評価され、教頭を経て、横浜市立高島台中学校の校長に就任。同校は歴史ある大規模校であり、校長職を務めることは横浜市内の公立学校教員としてキャリアの頂点に位置することを意味していました。
報道各社が放映した逮捕時の顔写真は、白髪交じりの短髪に細縁の眼鏡をかけ、どこにでもいる穏やかな初老の男性そのものでした。当時の同僚教員や学校関係者は一様に「怒鳴ったところを見たことがない」「理科の指導に熱心で、生徒思いの素晴らしい校長だった」と証言しており、学校現場では誰一人として彼の裏の顔を疑う者はいませんでした。周囲に完璧な善人を演じ分けながら、長期休暇のたびに東南アジアへ飛び、欲望を満たしていたという事実は、人間の心理の闇を浮き彫りにしました。