聖坂の急勾配を登ると、超高層ビル群が林立する近代的な街並みのなかに、手仕事の陰影を色濃くまとった蟻鱒鳶ルが静かに佇んでいます。一時は都市の再編によって完全に消滅するのではないかと危惧されたこの建築は、数々のハードルを乗り越え、新たな定位置で力強く息づいています。
発端となったのは、住友不動産などが主導する「三田三・四丁目地区第一種市街地再開発事業」でした。約2.5ヘクタールに及ぶ広大な敷地に巨大複合タワーを建設する国家戦略特区事業の計画区域内に、蟻鱒鳶ルの敷地がすっぽりと含まれていたのです。一般的に、巨大再開発計画において個人の小規模建築が計画線にかかった場合、金銭補償による立ち退きと建物解体が定石とされます。実際、蟻鱒鳶ルにも当初は厳しい立ち退き要請が突きつけられました。
これに対し、岡啓輔氏は単なる権利主張ではなく、「建築そのものの生命力と文化価値」を粘り強く訴え続けました。建築界の重鎮や文化人、支援者たちも声を上げ、行政や再開発組合との間で長年にわたる協議が重ねられました。その結果導き出されたのが、建物を敷地内で東南方向へ約10メートル平行移動させる「曳家(ひきや)工法」による保存という極めて異例の解決策でした。
数十トンに及ぶ手打ち鉄筋コンクリートの塊を、基礎から切り離してジャッキアップし、レールの上を滑らせて新たな基礎の上へと据え付ける難工事は無事に完了しました。現在、蟻鱒鳶ルは再開発エリアの整備事業と並行しながら、移転先の新基礎の上で日々の手作業による築造が続けられています。