京都のにしんそばを語る上で、発祥の地である「総本家にしんそば松葉本店」を避けて通ることはできません。祇園四条駅を上がってすぐ、南座の隣に重厚な店構えを見せる同店では、明治期から変わらぬ伝統の技が現在も忠実に受け継がれています。松葉のにしんそばを目の前にした際、多くの観光客が驚くのが「ニシンが蕎麦の下に隠れるように盛られている」点です。
あえてニシンを蕎麦の下に潜らせる配置には、緻密に計算された理由があります。利尻昆布と厳選された鰹節、鯖節から引いたにしんそば関西風黄金出汁の熱によって、ニシンに含まれる上質な脂と甘辛い煮汁が少しずつスープ全体へと染み出していきます。最初は澄んだ出汁の繊細な風味を味わい、食べ進めるにつれて甘辛いコクが加わり、最後の一滴まで味の変化を堪能できるよう設計されているのです。
その核となる「身欠きニシン甘露煮の作り方」は、気の遠くなるような手間暇の結晶です。本職の厨房では以下のような工程を経て仕上げられます:
- 戻しの工程:硬く干し上げられた本干しの身欠きニシンを、米のとぎ汁に浸して数日間じっくりと戻し、特有の油分や余分なアクを抜く。
- 下茹でと骨抜き:番茶などを用いてじっくりと下茹でし、魚の生臭さを完全に消し去りながら、小骨まで柔らかく処理する。
- 煮込みと熟成:醤油、ザラメ、みりん、酒を合わせた秘伝のタレで、身が崩れないよう弱火で長時間コトコトと炊き込み、火を止めて味を芯まで染み込ませる。
この徹底した職人技によって、箸を入れた瞬間にホロリと崩れる柔らかさと、噛むほどに凝縮された旨味が広がる極上のニシン煮が完成します。