リリースから長い年月が経った今、ネット上や一部の往年のロックファンから「今宵の月のようにのヒットによって、エレカシは商業主義のポップスに魂を売ったのではないか」という穿った見方が語られることがあります。初期の過激でアバンギャルドなライブスタイルを知るファンにとっては、月9ドラマ主題歌という華やかな舞台への進出が、ある種の妥協に見えた時期があったことも事実です。
しかし、当時のドキュメントや宮本本人の回顧録を検証すると、その認識が完全な誤解であることが分かります。宮本自身、エピック契約解除直後の心境について「売れなくていいロックなんて嘘だ。本気でたくさんの人に聴いてもらいたい、武道館を満員にしたいと強く願った」と繰り返し語っています。つまり、世間に媚びたのではなく、「自分たちのロックが社会のど真ん中で通用することを証明するための挑戦」だったのです。
宮本は佐久間正英氏とのスタジオセッションにおいて、コード進行やテンポ感、歌い出しのニュアンスに至るまで徹底的なディスカッションを重ねました。自らの文学的エゴとマスに向けた聴きやすさの狭間で激しく葛藤しながらも、最終的に削ぎ落としたのは無駄な装飾だけであり、楽曲の核にあるロック魂は何一つ売り渡していません。商業的成功を収めながらも、ライブハウスの泥臭さを失わなかったその姿勢は、妥協ではなく「表現者としての覚醒」と呼ぶべきものです。
【プロの結論】「今宵の月のように」を今聴くべき人・響かない人の決定的な違い
音楽ジャーナリズムの視座から、この楽曲がどのようなリスナーの魂を救い、逆にどのようなシチュエーションには向かないのかを客観的に仕分けました。
▼ 心からおすすめできる人
- 日々の仕事や人間関係、キャリアの挫折に悩み、悔しさを噛み締めている人
- 器用に生きられず、自分の不器用さに自己嫌悪を抱きながらも前に進みたい人
- アコースティックギターで感情をダイレクトに込めた弾き語りに挑戦したいプレイヤー
- 小手先のサウンドメイクではなく、剥き出しの人間力と歌唱力による本物のロックを浴びたい人
▼ おすすめできない(響きにくい)人
- 最新トレンドのチル系R&Bや、過度にエディットされた洗練されたビート感を最優先する人
- 泥臭い感情表現や、感情を露わにする熱唱スタイルのボーカルが苦手な人
- 理知的で難解なポストロックや、無機質なエレクトロニックミュージックを求めているリスナー