グッチのワンピースを身にまとい、憂いを帯びた瞳でレンズを見つめる姿。それは、かつて白割烹着を着て実験室に立っていた「リケジョの星」の面影を残しつつも、まったく異なるオーラを放っていた。撮影を担当したのは、昭和から令和にかけて日本の美と狂気を撮り続けてきた巨匠・篠山紀信である。
彼が切り取ったのは、単なる「元研究者のポートレート」ではない。世間から激しいバッシングを浴び、社会的に抹殺されたとも言える女性が持つ、生々しいまでの「生」の肯定だった。白黒のコントラストと柔らかな光の中で、彼女は被害者でも加害者でもなく、ただ一人の「表現対象」としてそこに存在していた。この写真が提示した圧倒的なビジュアルの強さは、言葉によるどんな弁明よりも雄弁に彼女の存在を主張していた。