柴田が2011年に復帰した直後から、ファンの間では「なぜすぐにコンビ活動を再開しないのか」という疑問が渦巻きました。山崎はピン芸人としてバラエティ番組を席巻し、テレビで見ない日はないほどのトップタレントへと登り詰めていた一方、柴田は地方局や深夜番組の単発出演から泥臭く再起を図る日々が続きます。この歴然たる格差と共演機会の完全な不在が、「ザキヤマが柴田を共演NGに指定している」「二人は修復不可能な絶縁状態にある」という不仲説を決定づける要因となりました。
しかし、この長期にわたる別離は、山崎が柴田を嫌悪したからではなく、むしろ相方としての冷徹なまでの愛情に基づいていたことが後に明かされます。テレビ関係者の証言や復帰後の柴田自身の告白によると、山崎は事務所関係者に対し、一貫して次のような姿勢を貫いていました。
「柴田さんが僕のバーターや助け舟で復帰したら、世間は『ザキヤマのおかげで戻れた』と見る。実力がある人なのだから、柴田さん一人の力で番組に呼ばれ、MC陣や視聴者から信頼を取り戻さなければ、コンビを再開しても長続きしない」
山崎はメディアの前で柴田の話題を一切出さず、沈黙を守り続けました。あえて救いの手を差し伸べないことで、柴田が甘えを断ち切り、ピンのタレントとして確固たるポジションを築き直すための時間を稼いでいたのです。世間が「見捨てた」と解釈した沈黙は、プロの芸人同士としてのシビアな信頼関係の表れでした。