森本稀哲の人生を語る上で避けて通れないのが、幼少期に見舞われた病魔との闘いです。小学1年生の秋、突然髪の毛や体毛がすべて抜け落ちる汎発性円形脱毛症(はんぱつせいえんけいだつもうしょう)を発症しました。原因は自己免疫疾患の一種とされていますが、当時の本人や家族にとってはあまりに過酷な現実でした。
当時の特番インタビューや自著『気にしない。』の中で語られた手記には、登校拒否になりかけた日々や、周囲からの好奇の目に晒された少年時代の生々しい葛藤が綴られています。「帽子を脱ぐのが怖かった」と振り返る森本を救ったのは、両親の深い愛情と、何より野球というスポーツでした。父親から「グラウンドでは帽子をかぶっていられる。野球で誰よりも目立てばいい」と背中を押され、白球に没頭していきます。
名門・帝京高校へ進学すると、名将・前田三夫監督の厳しい指導のもとで心身を極限まで鍛え上げました。主将として甲子園に出場し、高校生離れした身体能力とキャプテンシーを発揮。自らのトレードマークとなったスキンヘッドを堂々とさらし、コンプレックスを「人を笑顔にする武器」へと完全に反転させた瞬間でした。