鈴木貫太郎内閣の終盤は、まさに狂気と焦燥が渦巻く極限状態だった。連日連夜に及ぶ閣議では、終戦の条件を巡って議論が紛糾し、怒号が飛び交った。交わらない平行線を前に、鈴木が取った行動は日本の憲政史上、前代未聞のものだった。
本来ならば首相自らが全責任を負って閣議をまとめるべきところを、あえて決定を保留し、昭和天皇の御前会議へと持ち込んだのだ。天皇自らが発言して決断を下す「聖断」を引き出すこと――これこそが、鈴木が命を賭して準備した起死回生の一手だった。これにより、軍部の反対を押し切る形で太平洋戦争の幕を下ろす道が切り拓かれたのである。