事件の発端は、被害者の男子生徒(当時13歳)が2015年1月頃から地域の年上グループと関わりを持ったことでした。当初はバスケットボールなどを通じた遊興仲間でしたが、次第に当時18歳の主犯格を中心とするグループ内で理不尽な暴力や万引きの強要が日常化していきます。
男子生徒は顔にあざを作るなど被害の兆候を見せ、グループから距離を置こうと警戒を強めていました。しかし、2015年2月20日未明、呼び出しを受けた被害生徒は川崎区の多摩川河川敷へ連れ出されます。極寒の夜間、服を脱ぐよう命じられた上で、カッターナイフによる無慈悲な暴行を受け、出血性ショックにより命を奪われるという残虐極まりない結末を迎えました。
地域コミュニティや学校、警察への相談体制がありながら最悪の事態を防げなかった背景には、少年グループ特有の閉鎖性と、被害者が抱いていた報復への強い恐怖心が存在していました。