華やかな帰国子女エリートに見える野田洋次郎さんですが、その生い立ちは決して平坦なものばかりではありませんでした。5歳で渡米した当初は、全く英語が通じない環境に放り込まれ、強い孤独とカルチャーショックを経験しています。
当時、父親は家庭内でも非常に厳格な教育方針を貫いていました。礼儀作法や論理的思考に対して妥協を許さず、感情に流されない論理的な対話を息子たちに求めました。この厳しさは、幼少期の洋次郎さんにとってプレッシャーであると同時に、「自分の感情を言語化し、相手に伝える」という執念にも似た表現力の原動力となりました。
人種や言語の壁を乗り越える手段として、また厳格な家庭内での自己解放の場として機能したのが、母親から教わったピアノと、アメリカ現地で触れた多様な音楽でした。帰国後、日本の学校特有の同調圧力に苦しんだ時期も、父親から叩き込まれた「個としての自立心」が、迎合しない独自のソングライティングへと昇華されていきました。